おはようございます。
新大阪の社会人/大学生向け個別指導塾‐SPI数学塾の吉田です。
今回は主要私大1977年理系学部(理工系/医歯薬/農獣医)偏差値ランキングの動画です。
↓データをダウンロードしていただけます。グーグルスライド
https://docs.google.com/presentation/d/1t0AgidYnZeIqLhppy_aVVrtABhNVQ-WeiqoHryWBA5E/edit?usp=sharing
1977年 理系学部の勢力図:現在とは異なる「医学部の立ち位置」と入試戦略
1. 「医学部」がまだ理工系と競っていた時代
現代では「私立医学部=最難関」が常識ですが、1977年当時は驚くべき状況でした。
- 慶応・自治医大の突出: この2校は当時から別格でしたが、東京慈恵医大や順天堂、関西医大などは、早稲田・慶応の理工系学部や、上位の私立薬学部と偏差値で競合していました。
- 背景: 当時は現在ほど「医師=最強の安定職」という一極集中が進んでおらず、優秀層が日本の製造業を支える「エンジニア(理工系)」を純粋に志していた時代でもあります。また、私立医学部の学費が現在以上に高額で、家計の負担から選択肢から外れるケースも多かったことが推察されます。
2. 関学理学部の「1科目入試」による偏差値マジック
関西圏の「関関同立」理工系学部の比較において、関学の数字が際立って見える点には入試構造の妙があります。
- 理科2科目の壁: 同志社や立命館などの理工系が理科2科目を課していたのに対し、関西学院(理学部)は理科1科目。
- 見かけ上の高偏差値: 1科目に絞れる入試は、当然ながら平均点が高くなり、偏差値も高く算出されます。これは現代でも使われる手法ですが、1977年当時から関学がこうした「戦略的な入試設計」を行っていたことは非常に興味深い点です。
3. GMARCHと東京理科大学の「実力」
関東の勢力図において、GMARCH(学習院・明治・青山学院・立教・中央・法政)の理工系は、現在ほど盤石なポジションではありませんでした。
- 東京理科大の存在感: 理科1科目入試を採用していた東京理科大学は、その利便性と「実力の理科大」としてのブランドで、関関同立やGMARCHと激しく競っていました。
- 理系の序列: 当時は「看板学部」が文系に偏っていた大学(青学や立教など)に対し、理科大のように理系単科・総合大学としての伝統を持つ学校が、実利を求める受験生から支持されていた様子が見て取れます。
4. 薬学部の「高偏差値」と獣医学部の「低迷」
学部系統による人気の差も、時代を映す鏡です。
- 薬学部の安定人気: 当時から薬学部は、国家資格に直結し、かつ「女性でも自立して働ける」というイメージから、私立理系の中でも非常に高い偏差値を維持していました。
- 獣医学部の低偏差値: 驚くべきは獣医系の低さです。当時は「ペットブーム」以前であり、獣医の主な仕事は「家畜(産業動物)」の管理が中心でした。現在のような「高度医療を行う動物医師」というイメージが薄く、農学部の一部としての認識が強かったため、偏差値的には抑えられていたと考えられます。
このデータから現代の学生が学ぶべきこと
【講師からのアドバイス】 「1977年のデータが教えてくれるのは、『学部の価値は社会のニーズで激変する』という事実です。当時は理工系と競っていた医学部が今や雲の上の存在になり、家畜の医者と見られていた獣医が超難関になりました。
ここで注目すべきは、関学の1科目入試のように**『見かけの数字(偏差値)』には必ず仕組みがある**ということです。
受験生の皆さん。数字の裏側にある科目数や配点、そしてその学問が30年後の社会でどう評価されているかを想像する力を持ってください。入試形式に一喜一憂せず、論理的な思考力(SPIの基礎となる力)を養うことこそが、時代が変わっても通用する唯一の武器になるのです。」


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